千葉県鴨川市 大本山小湊誕生寺 公式サイト

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7.仁王門の仁王尊

7.仁王門の仁王尊

総門からの参道を進んで階段を上がると、「小湊山」(六十七世貫首今井日誘上人の書)と書かれた大きな扁額が掲げられた二階建の門があります。この門は、中央は通路となっていますが、その左右には仁王像を安置しており、仁王門といいます。

仁王は金剛力士ともいい、本来は金剛杵という武器を執り、いつも釈尊の身近にあって護身を役目としていました。そこから転じて寺院の守護神となったのです。力士といわれるように上半身は裸で筋骨隆々とし、口をカッと開いた阿形、キリリと結んだ吽形の両方ともに、悪鬼が寺院に入って来ないよう威嚇する表情や姿をとっています。奈良東大寺の南大門に安置される仁王像は代表的なものです。

さて、誕生寺は元禄十六年(1703)の大地震・大津波によって地元の市川や小湊の村とともに大被害を被りましたが、貫首であった日孝上人は早速諸堂の復興に取り掛かり、仁王門が竣工したのは宝永二年(1705)のことです。その後、復興された諸堂は宝暦八年(1758)の大火によって焼失しましたが、仁王門は唯一災禍を免れました。この宝暦の大火については、不思議なことが伝えられています。諸堂を舐め尽くした炎が仁王門に迫ったとき、門の後ろ側にある般若の面が炎を吹き返し、そのために延焼せずにすんだというのです。

仁王像は、誕生寺のある安房国の隣国上総国上野村植野(勝浦市)の仏師松崎右京大夫法橋の作であるといいます。仁王門の完成に続いて、享保十五年(1730)に製作されたものです。

仁王像は、雨にこそ直接さらされることはありませんが、お堂の中に安置される仏像とは異なり太平洋からの潮風にふかれて彩色が痛みやすく、しばしば塗り替え修理が行われて来ました。最近では、昭和二十年代末に、さらに同五十年にも著名な仏師であった松久宗琳氏の手によって行われました。五十年の時は、祖師堂に像を運んで作業が行われたそうです。

この度の五十万人講による復興事業では、まず仁王門の改修が八ヶ月の工程を経て平成三年十二月に終了しました。そして、平成四年の一月からは仁王像の塗り替え修復も始まり、五月の落慶法要を前にして四月に完成し、面目を一新しています。