千葉県鴨川市 大本山小湊誕生寺 公式サイト

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16.波除け宝塔

16.波除け宝塔

誕生寺の境内を見渡すと、南無妙法蓮華経のお題目を正面に刻んだ題目宝塔が何基も目に入ります。そのなかにあって、仁王門から祖師堂に至る参道の左手にある二基の題目宝塔は、手前の浄財寄進者名の掲示に隠れて見落とされがちです。この二基のうち、仁王門に近いほうが波除けの題目宝塔です。

塔身は頂部の側面を丸め、高さ1.8m、幅40cm、奥行き29cmあり、高さ32cmと28cmの二段の台石に載ります。さらに高さ1.7mのコンクリート製台座の上に据え付けられていますから、総高は3.47mにもなります。

塔身の正面には、お題目と四十四世貫首である上妙院日奏上人の署名・花押(サイン)が、左側面には「波除施入之面々、志諸霊魂抜苦与楽、並家内安全子孫長久」、右側面には「一天四海、皆帰妙法、天下泰平、国土安穏」と刻まれています。この銘文によって、波除け施入の面々が施主となって造立された宝塔であることが判ります。造立されたのは、文化元年(1804)8月時正、すなわち秋のお彼岸です。江戸の石工が刻み、地元内浦村の船主によって運ばれてきました。

波除けとは、どのような事でしょうか。波といえば、元禄16年(1703)11月におきた地震に伴う大津波が思い起こされます。このとき房総半島を襲った大津波は、小湊にも大被害をもたらし150名を超える溺死者を出しました。当時の貫首26世大中院日孝上人は、溺死者の霊を供養するために二十二日講を組織した程です。

江戸時代の小湊は、誕生寺の門前町であると共に漁業、海運の町として栄えました。現在の小湊には港町としての面影はほとんどありませんが、寛文11年(1671)に河村瑞賢によって東廻り航路が整備されると、銚子とともに房総における主要な港として重要な位置を占めるようになったのです。「大船懸場」であるといわれ、東北地方の諸藩船役所が置かれるなどしています。小湊は海の町でしたから大津波の難は言うに及ばず、海上安全が人々の大きな願いであったことは至極当然のことです。波除けの宝塔は、このような津波除けや海上安全の願いによって造立されたのではないでしょうか。宝塔の造立にあたっては、お彼岸ということもあり施主各々の志す諸霊魂の供養ともに、家内安全・子孫長久という祈願の意が込められています。